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   <title>懐かしいもの、古くからのもの</title>
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   <updated>2012-02-03T06:49:48Z</updated>
   <subtitle>懐かしいもの、歴史ある名曲、名所、人</subtitle>
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   <title>公用便から私用便へ</title>
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   <published>2012-01-17T09:09:54Z</published>
   <updated>2012-02-03T06:49:48Z</updated>
   
   <summary>公用便から私用便へも扱いを拡大。 問題は、ここでは「大至急御用状」とされ、例外扱...</summary>
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      公用便から私用便へも扱いを拡大。


問題は、ここでは「大至急御用状」とされ、例外扱いであった東京・西京間3日限りの官営〈急便〉が、翌1871年(明治4)1月24日の布告では、〈定式急便〉の名の下に来る3月1日から、広く一般向けに毎日実施されようとしていることです。


すなわち、同布告は、従来「飛脚便」を「商家二相任セ置候」ために、なかなか約束の日限どおりに届かず、「殊二急便ニテハ賃銭高直」のため民間の情報交換がきわめて不便であったので、「公私ノ書信簡便自在こ致シ度御趣意ニテ差向東海道筋定式急便」として「来ル3月朔日ヨリ京都マテ三六六時大坂迄三十九時限ノ飛脚毎日差立」るというのである(『駅逓明鑑』)。


従来は特別に仕立てなければならなかった官営〈大至急便〉が、いまや連日差立てでしかも途中の駅で郵便物の授受まで行うという〈定便〉に発展転化し、公用に限定されていたものが、広く私用にも開放されることになったわけで、両者の差はきわめて大きいといわねばならない。

      
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   <title>外国人と結婚したフィリピン人</title>
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   <published>2011-12-15T04:28:17Z</published>
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      外国人と結婚したフィリピン人の場合は離婚については別扱いです。


外国での離婚の成立によって実質的に離婚を認めることができるようになっています。


これはフィリピンの家族法第26条が「フィリピン人と外国人が法的に結婚し離婚して、その外国人の配偶者に再婚の資格が与えられた場合、同様にフィリピン法では、フィリピン人の配偶者は、再婚の資格を得ることができる」と定めていることからです。


日本人からみると、「法例」によって離婚を認めない国の外国人との協議離婚も日本法によって可能ですが、一方、日本人と結婚して日本に住んでいるフィリピン人にとっても日本人配偶者との間で離婚が成立することになります。



      
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   <title>本国への戸籍手続き</title>
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   <published>2011-11-05T03:27:43Z</published>
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   <summary>日本で日本人と離婚した中華民国籍者(台湾人)の本国への戸籍手続きは、すべて「日本...</summary>
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      日本で日本人と離婚した中華民国籍者(台湾人)の本国への戸籍手続きは、すべて「日本の台北駐日経済文化代表処」へ赴いて、先に日本の役所へ届け出た離婚済みの「戸籍謄本」1通を「申請書」(前頁参照)と一緒に提出します。


現在中華民国(台湾)籍の戸籍簿はほとんどコンピュータ化されており、したがって本国での戸籍手続きも2週間以内には処理されるとのことです。



★フィリピン国籍者と日本人との離婚
フィリピンは「離婚」を認めない国として知られています。


これは厳格なローマカトリックの教えに根ざしていることによるようです。


フィリピン法で認められるのは法定別居といわれる別居だけです。


つまり婚姻関係を継続したまま別居だけは認めるという内容で、離婚ではないことから再婚はできないということになります。


      
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   <title>裁判離婚</title>
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   <published>2011-10-08T03:27:19Z</published>
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      訴えのできる原因としては、重婚、他人との姦通、虐待、一方の悪意の遺棄、生死不明3年以上などの事由があれば、法院(裁判所)に離婚の請求ができます(同法1052条)。


なお、裁判離婚による請求は、有責配偶者(一方に非がある配偶者)からはできません(同法同条2項)。


中華民国渉外民事法律適用法では、離婚の効力は夫の本国法によるとなっていますが、外国人の妻だが、まだ中華民国籍(台湾人)を喪失していない者・または外国人ではあるものの、中華民国籍の入夫(婿)になった者の離婚の効力は、中華民国法によることになっております(渉外民事法第15条)。


また、離婚の効力としての監護権は・原則として夫にあり(同法1051条第1項)、財産については各自の固有財産が回復します(同法1058条)。


      
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   <title>協議離婚</title>
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   <published>2011-09-16T03:26:57Z</published>
   <updated>2012-02-03T06:49:48Z</updated>
   
   <summary> 実質的成立用件日本の法例第16条により、当事者双方、または一方の当事者が日本人...</summary>
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実質的成立用件日本の法例第16条により、当事者双方、または一方の当事者が日本人の場合は、日本に常居所が確認できれば、日本民法は離婚の準拠法として指定されるので、協議離婚ができます。


また中華民国民法においても協議離婚が認められているので、当事者が自由意志で結婚の解消に同意すれば同じように認められます(中華民国民法第1049条)。


なお、未成年者についての協議離婚は、法定代理人の同意が必要です(同法第1049条但書)。


形式的成立用件中華民国法では、双方書面にておこない、2名以上の証人の署名をもって戸籍機関に離婚の登記をおこなう必要があります(同法第1050条)。


      
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   <title>中華民国国籍中国人(台湾人)と日本人</title>
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   <published>2011-08-12T03:26:00Z</published>
   <updated>2012-02-03T06:49:48Z</updated>
   
   <summary>中華民国国籍中国人(台湾人)と日本人との離婚 【準拠法】 外国人と日本人との離婚...</summary>
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      中華民国国籍中国人(台湾人)と日本人との離婚

【準拠法】

外国人と日本人との離婚については、日本の法例第16条および第14条の準用の規定があり、


（1）夫と妻の本国法が同一のときはその法律により(共通本国法)


（2）本国が同一でないときで、夫婦が同じ常居所(普段生活している国の所在地)であれば、その国の法律により(共通常居所地法)


（3）それもない場合は、その夫婦にとって一番密接な関係がある地の法律(密接関連地法)という「三段階の連結」によっています。


しかし、夫婦の一方が日本に「常居所」がある日本人のときは、常に日本法を適用しますが、離婚の訴えを起こしたときの夫の本国法および中華民国法が、いずれも離婚原因としての事実を認めている場合(中華民国渉外民事法律適用法第14条)は、離婚を宣告することができます。


しかし、配偶者の一方が中華民国(台湾)人であるときは中華民国の法律によるとされております。


      
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   <title>テイクオフできるよい波</title>
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   <published>2011-07-27T08:32:57Z</published>
   <updated>2012-02-03T06:49:48Z</updated>
   
   <summary>テイクオフできるよい波を待つためには沖を向いてリラックスして、というアドバイスが...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bois-petrifie.com/">
      <![CDATA[テイクオフできるよい波を待つためには沖を向いてリラックスして、というアドバイスがあったが、リラックスしすぎてもだめ。


波が来たらすぐに行動を起こさないとビギナーの場合は、あっという間に波においていかれてしまうからだ。


まずはテイクオフの簡単なステップを習おう。



●<a href="http://ccc-kugenuma-beach.com/" target="_blank">サーフィンスクール 湘南</a>によるテイクオフのステップ
1.波が来たな、と思ったらすぐにビーティングを始める。


2.手でしっかりノーズを押さえて、ボードを波の面と並行にする。


3.ノーズ側に重心をかけて、胸をしっかりはる。


4.波の力で滑り出したら、基本スタソスに戻ってボードに乗り込む。


ビギナーの場合「波が来たかな、来たかな」と振り返る人が多い。


そうすると重心が後ろにかかって進む力が遅くなるから、波が来たと思ったらもう見ないで必死にビーティングすること。


うまい人の場合は、7～8分の力でビーティソグを始めるけれど、ビギナーの場合はたぶん人より遅いから、全力でビーティソグするくらいでちょうどいい。


ただし、ビーティングを始める前に左右を確認。


サーファーが乗ってこないか、他の人に自分がジャマにならないか等をパッと一瞬の間に見る。


海の中ではいつも機敏に行動しよう!



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   <title>旅行と登山　５</title>
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   <published>2011-07-12T00:46:13Z</published>
   <updated>2012-02-03T06:49:48Z</updated>
   
   <summary>水の流れはかなり勢いがあるので、下手に滑り落ちればそのまま流される危険性もありま...</summary>
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      水の流れはかなり勢いがあるので、下手に滑り落ちればそのまま流される危険性もあります。


それなら初めから浅くて流れの弱いところを選んで、水の中に足を踏ん張って渡ったほうが安全だ。


私はしばらく考えた。


ここで足留めを食うとは思っていませんでした。


結局、私は去年より少し上流を渡った。


それでも靴は濡れた。


やはりこのコースを歩くのは、靴を濡らさずには無理らしい。


そういえば私のあとを歩いていた中年女性はどうしたのでしょう。


やはり途中までで引き返したのでしょうか。


それとも中岳方面へ行ったのでしょうか。


あの女性ではこの沢を渡るのは難しそうです。

      
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   <title>シャーマニズム</title>
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   <published>2011-06-21T03:16:15Z</published>
   <updated>2012-02-03T06:49:49Z</updated>
   
   <summary>シャーマニズム国家では巫女(神を自らに降ろすのは女に限らないが、やはり女の場合が...</summary>
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      <![CDATA[シャーマニズム国家では巫女(神を自らに降ろすのは女に限らないが、やはり女の場合が多い)の発言に絶大な威厳があり、祭祀者はただそれを臣下に伝えるだけの存在です。


しかし、時代が降って国家の規模が大きくなると、巫女の霊力だけでは国を治めることができなくなり、官僚組織をつかうようになる。


すると統治者には組織の統率者としての能力も求められるようになり、これによって巫女と祭祀者の立場が逆転するようになったのです。


先の『古事記』の例は、まだシャーマニズム時代の雰囲気を残しているらしく、仲哀天皇より神功皇后のほうがずっと存在感があります。


神功皇后は天皇の死後、実質的な大王として国を統べ、軍を動員して新羅遠征を行なっているのです。


さてさて、最近は<a href="http://www.e-aine.com" target="_blank">電話占いならココ</a>がいいですよ。

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   <title>旅行と登山　４</title>
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   <published>2011-06-09T00:45:54Z</published>
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   <summary>ところどころに恐竜のような岩塊が立っています。 下り道となって目の前にピウケナイ...</summary>
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      ところどころに恐竜のような岩塊が立っています。


下り道となって目の前にピウケナイ沢があらわれた。


このコース中の最難所です。


この沢を渡らなければならないのだが、橋などは掛かっていない。


沢の中の岩を踏み越えて渡るのです。


ところが今年は雪解け水が豊富なのか去年より水量が多い。


去年は意外と楽に渡れたので心配していなかったのだが、これでは様子が違う。


どの岩をつたって行けばいいのかわからない。


渡るのは無理ではないかとも思ったくらいです。


これは多少濡れる覚悟を要します。
      
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   <title>旅行と登山　３</title>
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      大雪山にはいずれもう一度訪れる必要がありそうです。


道は熊笹と灌木の中に延びています。


やがて小さな湿地帯が広がっているところに出た。


このあたりは去年、霧の中で道を失った場所に違いありません。


去年は一面残雪で道がはっきりしなかったのだが、今年はほとんど雪は残っていなくて全く別の場所のようです。


天候の違いもあるのだろうと思います。


後ろを振り返ると旭岳のとなりに熊ヶ岳が見えていて、親子のように並んでいます。


沢沿いには可憐なエゾコザクラの花が咲いていました。


      
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   <title>旅行と登山　２</title>
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      姿見駅から1時間30分、裾合平分岐に着きました。


愛山渓温泉方面と中岳方面の分岐点です。


泥土の小さな広場に分岐を示す案内板が立っているだけのところです。


以前は木のベンチか何かあったのか木材が転がっています。


ここから中岳のほうの道へ進み1時間ほど歩くと中岳温泉という天然の露天風呂があります。


標高1800メートル、ピウケナイ沢上流の谷間に湧く山の湯で、土を掘って岩で囲った簡単な湯船があるだけの温泉だ。


源泉は70～80度あり、沢の水を引き込んで適温に調節するという原始的な温泉です。


以前は山男たちしか利用しなかったそうだが、最近はTVで放映されたり情報雑誌などにも紹介されたりしているので、一般の観光客も増えたようです。


ここで再び食指が動きましたが、愛山渓温泉への道をとります。

      
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   <title>旅行と登山　１</title>
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      登山開始。


案内板にヒグマに充分注意するようにと書いてありました。


この先もお花畑に囲まれた道を歩く。


小さな登り下りを繰り返し、沢状になった雪渓を何度も渡る。


右手にはだんだんと形を変えてゆく旭岳があり、前方には当麻岳から比布岳へと続く尾根が見える。


一般観光客はこのあたりまではあまりやってこないので静かだ。


ところが一人の中年女性が私の後方を歩いていました。


単独でいったいどこを目指しているのであろうか。


この道を進むと沼ノ平を経て愛山渓温泉へ行くか、中岳分岐を通って旭岳か北鎮岳方面へ向かうなどのルートがあります。


それとも旭平の散策路を外れてただ単にこのあたりを歩いているだけなのでしょうか。


格好も軽装です。

      
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   <title>こんな番組があったんです　その５</title>
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      当時、演出助手として活躍した故・秋元近史氏(日本テレビエンタープライズ取締役)は、


「つりものを飛ばし、車を付けたセットを両わきにさばいてスピーディーな展開にし、見事なテンポと構成力を発揮しました。けいこはスパルタ教育で、やることはきびしくやった」と語ったそうです。


井原氏はアメリカで見学してきたものを&quot;日本ナイズ&quot;し、スタジオNO.１ダンサーズという躍動感あふれる踊りも育成した。


35年12月25日、138回で放送を終了。


半年後「シャボン玉ホリデー」に引き継がれたが、脚本・構成者やゲスト・タレントにも一流人を招き、当時の中流以上のテレビ受像機所有の家庭に大いに歓迎されました。
      
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   <title>こんな番組があったんです　その４</title>
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   <published>2011-01-15T04:14:53Z</published>
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   <summary>当時の日本のテレビ音楽番組は舞台の模倣であり、スタジオの壁面の側にセットが組まれ...</summary>
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      当時の日本のテレビ音楽番組は舞台の模倣であり、スタジオの壁面の側にセットが組まれ、タレントはセットに張りついて動き、カメラはスタジオの真ん中にあって撮っていました。


ところが、アメリカではカメラをスタジオの真ん中の一番いい場所に鎮座させず、歌っている人、踊っている人が一番条件のいい場所にいて演技していたので、井原氏は早速この方法を採り入れた。


そして画面に華やかさとリズム感を加え、全体に流動感があふれるようにした。
      
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